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うまいもの☆

最近行ったとこ。
いちのや
川越は好きでよく行く。はじめて川越うなぎ食べた。ウマ!!!
いちのやさんは近所に支店もあった。是非行ってみよう。この日からにわかうなぎブーム。
ほか、有楽町の680円のタイ料理、
新宿の680円のインドカレー、
六本木の100円水餃子。
シェフもホールも本場の方。
かなり本格的!!みんなを連れて行きたい!!
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by nemotyucac | 2008-02-29 22:05 | Trackback

前髪ー

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切った。よだれ面にしてみた。
横山大観最終日。偶然通りかかったので、観られた。
泣く‥。
四十〜五十代のが特によかった。だいたい多くのひとで思う。四十代って素敵だな。
にしても大観三十路にして達観した絵。どんなひとだったのだろう。
また墨絵を観る機会に恵まれた。
そして今日はもっとありがたい機会に恵まれた。いい日だった。
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by nemotyucac | 2008-02-29 18:09

みず

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by nemotyucac | 2008-02-29 15:04 | line drawing | Trackback

渡すこと返すこと。

花粉感じるかも、、うう。負けた。。
でも随分治ってきているのは、身体を冷やさなかったのがよかったみたいです。
この時季こそ冷えに注意!

先日先生について書いてしまった。
なんで書いたかというと、なんかばかみたいだけど
これからそうゆう(日記に書いたようなことが起きる)社会じゃなくしていければいいなあと思ったから、かも。
絵を使ってなにかできることはないか、探しはじめているよ。
おこがましいことかもしれない。それでもできるなら自分は間違えないようにしていきたいし、自分が経験したことは他にさせないようにしていきたいと思う。
わたしは学校なら学校のそのシステムが、本当のところは理解できなかったのかもしれない。
だけど先生や強い立場のひとの言うことを最初はどう思おうと最後は律儀に守ろうとしてた。真意はわかっても見ないようにしてた。
反抗しても結局損するだけだし、だんだん自分の思いなんてどうでもよくなってきて、考えるのも止めてしまった。
それが多くの人の普通かもしれない。だけど、わたしのは媚びだったんだと思う。
ただ過去に言えることは、自分の判断に自信はなかったということと、将来を決める大事な微妙な時期に、深く考えなかったということだ。
ねえ、でもそんな生易しいことじゃないよね。みんな一瞬を巧妙に計算したりしながらその場その場を生きてるんだもんな。
ひとはひとだし過去は過去だよ。だからひとを変えることなんかできないししない。
ただ、自分が同じようにならないようしていきたい。
そんな風に自分の社会を守っていくことが、なんだかものすごく大事なことなんだと思う。
それが他に繋げる唯一のことなんだろうな。
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by nemotyucac | 2008-02-28 16:35 | thinking | Trackback

花粉?

今年花粉飛んでる?
初日的な日があったけど、最近は平気。
これは治ったか?とほくそ笑む今月‥
って、え?明日から大量飛散?!運命はいかに??
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by nemotyucac | 2008-02-28 16:24

ターニングポイント。

これから少しずつ、書きたいと思っていたことをもうちょっと書いていければなあと思っています。ちょっと趣向を変えるかも。読みにくいかもしれませんが、よろしくね。

最近ドコモのCMで流れている「そばにいるね」。きゅんとした。中学生バージョンは特に。多くの人がきゅんと来てるのではないだろうか。
なぜあの頃のことが現在も濃い色を残しているのかわからない。
比重の重い時代はあるのかもしれない。
少なくともわたしにとっては、中学時代が指針となってしまった濃くて大事な時季であった。引越したばかりの土地で、思いもしない経験と出会いと別れがあって、身体はどんどん成長して絵が思いのままに描けるようになって、毎日が手を抜けない日々だったのだと思う。
それを一生持って、何かを決めたり何かを選んだりしてしまうような気がする。すごい呪縛?
でも本当に綺麗な無垢な時季だったので、わたしはそうであっても、いいような気がしている。
最近そう思った。
真ん中にある思いを忘れないようにしたい。

その頃から、ずっと胸の大きな場を占めてるものがある。
中学時代から教職のありようみたいなのを、考え続けていた。
去年の講師業が妙に心に触れたのも、それがあったからだ。
そのことはちょっと書いてみようと思う。

3年間担任だった女性教師が、わたしは苦手だった。
だからといって家族で「あの先生が住んでるからこの土地から離れようか」と決めてしまったのは今考えてみると異常なことだと思う^^;
色んな思いを生徒の進路に入れて、意のままにしてしまう教師は、いるのだと思う。
意のままになってしまうくらい生徒は弱いのだと思う。
それはわたしが講師になったときに思ったことでもある。だから大きな仕事なんだなあと感じた。
高校入試のすべてが通らなかった生徒のことが忘れられない。たぶん8校くらい受けていたと思う。成績も極端に悪くなかったのに落ちてしまったのは、内申書の問題が大きいようだった。よく担任と衝突していた男の子。だから仕方ないと言えるかといえば、わたしにはどうしてもそう思えないまま現在にまで至っている。
わたし自身は、3年生の二学期に入院をし1ヶ月休んだので、復学した時進んでる科目に手こずった受験生だった。入試に響くぎりぎりの時だった。
なぜか一番に覚えているのは、担任が担当の家庭科のパジャマ制作がわからなくて困ったことだ。担任は進んだ箇所について一切教えない方針だった。なぜそうしたかわからない。それでも得意だった家庭科は、二学期の学期末テストでずいぶんいい成績をとった。そこで呼び出された。
「根本さんはテストはよかったけど、公立は受けないでしょ?だから成績の5を他の人に譲ってもらえる?あなたは代わりに2になるけどいいよね。パジャマも間違えていたしね」
わたしは気を使って「はい」と答えてしまった。そこではじめて公立を断念したけど、抵抗は諦めてしまった。パジャマ制作を教えなかったのも、このためだったのかもしれない。
何か教師業を超えた念の強い先生だったので、苦手だったのだと思う。ひいきや差別をよくして問題になってた人だった。
苦手とはいえ女性である彼女を嫌ってたわけではない。むしろ好かれたいと必死だった気がする。教師とは生徒にとって時々そうゆう存在になる。
そして教師が必ず正しいことだけする人とは、限らないのかもしれない。
それでも聖職なのだ。それは現在において強く思うことだ。
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by nemotyucac | 2008-02-22 14:42 | thinking | Trackback

しょうかいぶん

ミクCでカジーに紹介してもらってる文章に今更ぐっときた。こんなことを書いてもらった。
「仕事帰りで会える、ぐったりしてるときに一緒に飯食くったり茶飲んだりしたら気持ちが楽になる、そんな人」
ありがとうカジー。最大の褒め言葉だ。これからもよろしく。
どん底カクテル呑んでもどん底にならない関係でいようじゃないか。
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by nemotyucac | 2008-02-22 14:41 | thinking | Trackback

花を返す。

卒業旅行で、モネの睡蓮の部屋に行ったんです。
と、1年目のKドクターは言った。
無機質な白い壁とベッド上の白い蛍光灯と、水色だか緑色だかのカーテンと囲まれてるその中でモネの睡蓮は鮮やかに漂ったように思う。いっしゅん。
ベッドサイドには夏の茹だって靄がかった都会の空とか少年ジャンプしか見えなかった。実家に生えていたコスモスを活けた花瓶が唯一の美しい彩りだったのもしれない。
活けては枯れて捨てる花は、病室では浮いている とわたしは思う。それでもないよりましだ。
そんな場所でモネの話ができるとは思ってもいなかったので、わたしは最初から最後までドクターに対してうきうきしていたのだと思う。
とにかく、わたしの入院ライフにはモネがあって、画集があって、スケッチブックがあった。受験生だったけど勉強なんてしなかった。テレビもなく(ウォークマンは聴いていた)病室も静かでひなたぼっこするくらいしかしなかった日々を、絵が、穏やかに救ってくれたように思う。
他のひとが同じように感じるかはわからない。それでも音楽も聴けないくらいの、テレビも視られないくらいの病状の方が天井続きでいるなかでは、なにか空以外にも、優しい色があったならよかったのにと、思う。
そうだこんな山がふるさとにはあったなあとか、もし小川があったらメダカは泳いでいるだろうかとか、それは渇望でなく、ただ、胸に灯った穏やかな想いなんだと思う。それが灯り続けていることは、日常では考えられないくらい、大事な大切なことなのだろう。
わたしはずっと絵で何ができるかわからなかった。
ただ自分の思いを投影しぶつけることで癒されていった部分も大きい。
癒されてはじめて絵を渡らせる喜びも知った。描きたかった絵が描けた喜びも知った。
わたしは実はもう十分だったのだ。もうこれ以上望む事はないように思えたし、望んでいたことは全てやり切ったと思っていた。実際やり切った気がする。
だからもう望むものは何もなかった。
なのに立ち止ってみると、他から押される気配がある。止まらない思いもある。
ああ、こうして返していくのかと、あの十何年も前に居た場所を想う。
わたしがふるさととして仰ぐものには、無機質の中のコスモスがあり鰯雲の空がありカーテン越しのおんなのこたちがいるのだろう。
そこに小さな花を添えることが、時を越えて今できるのであればわたしはそれを一番に願いたい。一輪の睡蓮が、こうして十何年も咲き続けるならそれを同じように渡していきたい。
返していくとはきっとそういうことなのだろう。
渡す時期から返す時期に入ることを願う。ふと懐かしくドクターにいただいた画集を、開いた。
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by nemotyucac | 2008-02-22 14:40 | travel and stroll | Trackback

ビューポイント

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by nemotyucac | 2008-02-22 12:44 | line drawing | Trackback

ニューワールド


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by nemotyucac | 2008-02-22 03:22 | line drawing | Trackback