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ぽわわんでまるく

赤ちゃんがやってきた。友人が出産されました。おめでとう。なんかうるっときちゃった。
だってネットでずっと近況報告をされていたのだもの。最近は一緒にはらはらどきどきでした。ほわほわの赤ちゃん、本当よかったね。と書いてる今泣き中です。

今日の赤ちゃんウォッチング。赤ちゃん少年(もうすぐ二歳)がよちよち近付いてきて「すいましぇん、すいましぇん」を永遠に連発。ご両親が言うのを覚えちゃったのだろうね。お父さん「一回でいいから」って突っ込んでた。
ばいばーいって言ったら突然目が座ってうきゃー!と超音波。お父さんまた「なぜそこで雄叫びを!?」とか言って。ああー面白いねえ子供は。
「天空の草原のナンサ」も何が好きかって、子供がかわいいのです。赤ちゃん好きならたまらないかも。子供の声と動きは、好きな音楽を聴くように、好き。「ほよっほよっ」などと意味ない声を発しながらぴょこぴょこ飛び跳ねてるのを見てると本当にぽわわんとしてくる。
産んだことないし世話もしたことがないので苦労はわからないけど。きっと相当たいへん。でも相当、面白そう。この度のご両親も、楽しみになさってるご様子。うらやましー。
そうそう、ご結婚なさってる方達、もちろんそうでない方にもおすすめなのが、深見じゅんさんの漫画「ぽっかぽか」です。ドラマにもなりましたね。今幸せな人も、不安な人も無関心な人も、結婚と出産と育児がもたらす幸せの大きさに改めて気付くはず。「ぽっかぽか」をおしえてくれた人が、これまた大きくてものすごく優しい人で。そんな人だからこそこの物語を見つけられたのかもね。本当に驚くくらいいい話がいっぱいなのです。是非一家に一冊。
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by nemotyucac | 2006-01-30 00:59 | thinking | Trackback

どくという蜜

おいしいものには毒がある、場合がある。
毒がないものは、おいしくなかったりする。Mさん談。
様々な添加物ででごてごてになったものより
自然にシンプルにすうと生まれてきたものを信じたいな。
もうそんな余計なものを、身に付けようとしないで。
きっとそのままでもおいしいよ。
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by nemotyucac | 2006-01-28 23:55 | Trackback

飛び立つ

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by nemotyucac | 2006-01-28 16:44 | Trackback

青い青い日記

▲ここ数日は大事な何人かのために絵を描いています。嬉しいことです。
お仕事ではないのだけど、わたしの絵を何かの為にと思いついてくれるのは、本当に有難いこと。絵が本来ある力を発揮するような気がします。
「幸せになるように」とか「元気になるように」とか。思いが筆に乗るように。がんばります。
お仕事にも、きちんと心を入れていきたいと、最近とても強く思います。言葉を交わしていきたいと。
まだまだ未熟者で、主張し過ぎたり主張しなさ過ぎたり、言葉にした後あれは失敗だったと思うことも多かった。。
30歳を過ぎた辺りからやっとゆるやかな流れを見つけて乗れるように、なれたよう。や、まだまだかな。。
絵には思いが宿るような気がします。だからこちらは心を常に強靱にしておく必要があるとも思っていて。最近気付いたことだけど。対応しきれなかったら、それは相手に対してとても失礼なことになるから。どっしりかまえて、きちんと対応できる人になりたいものです。少ない言葉で伝えられるような。時間がなくても会えなくても、「どっしり」があればへっちゃらなのかもね。


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by nemotyucac | 2006-01-28 03:26 | thinking | Trackback

雪の日は

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そうそう、あの大雪の日、代々木公園は。
雪だるまがいっぱい。
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by nemotyucac | 2006-01-26 02:31 | thinking | Trackback

かんがえごと

ハプニング過多で友人に心配されてる今日この頃ですが(その他にもすごいものを見たり、また見たり、)ごはん食べたらけろっとしてしまう程の脳細胞ですから。
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by nemotyucac | 2006-01-25 22:14 | thinking | Trackback

ごはんの時間ですよ

すこし元気がないままとぼとぼ歩いていた。
喫茶店でのお茶や本屋散策の想像も、夕暮れ都会の坂道の途中ではなんの役にも立たなかった。そのあと少し遠征するつもりでいたが、多分それが気を重くしているのだ。
だから行くのをやめてしまった。ひとりの行動は簡単だ。
そして家に帰ってご飯を無性に作りたくなった。食事をしたいのではなく、ご飯を、作りたかった。
冷蔵庫を開けてあるものを。それからあたたかいものを。温まりたかったのでグラタンにした。丁寧にホワイトソースをつくり裏ごしし、ポテトとお豆腐とおもちときぬさやという珍妙な組み合わせの具材をしずめてたっぷりチーズでこんがり焼いた。それから根菜のスープを作った。作るとういう程でもない。が、作ってる途中から心がまるくなった。食後はからだもまるくなった。
ご飯で元気を取り戻したら空気も変わった。夜に突然の訪問者。空気が仲間を呼んでくれた。またご飯を作った。鍋とスパという珍妙な取り合わせを二人でつまんでぬくまった。

ご飯を作るのと、食事の時間が、生きてくうえで大切なものだと認識したのはなぜか最近のことだ。疲れてるのにつくるとか、コンビニ弁当に罪悪感があるとか、以前はなんだかうまくコントロールできなかった気がする。
今は疲れてるから作るに変わった。ゆっくりゆったり作ればいい。たのしければコンビニ弁当も美味しい。気持ちが、なにかをだめにするだけで、なにかをよくもしてくれる。それが自分を労るということなのだろうか。
外食も好きだけど、家でのちょっとすぐには食べられない調理時間を設けることの贅沢さに感動したり。食事やお酒の内容より、その「時間」に、中身があり内容があるのだった。当たり前のことだけどね。
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by nemotyucac | 2006-01-23 03:56 | thinking | Trackback

反省と目標

おさいふをなくした が慣用句のようになっている今日この頃ですが、先日「身分証明書を悪さに使われたらどうしよう」とぽつりとつぶやいたら、そんなこと言ってはいかん!とYに怒られました。人の事を疑ってばかりは自分にとってよくないからやめなさい ですって。うーんそうかも。なくした自分を反省し、あとは仕方ないことと思うことにしました。慰めてくれたみなさんありがとう。みんなが揃って「そこに厄が詰まってたんだよ!それを落としたからこれからを楽しみにしなきゃ!」と言ってくれました。 半分ネタになってたお財布紛失リング、次に廻らないことを祈ります、、

いまお仕事で人物を描いてます。人物はずっとネックだった存在。23歳くらいまでは人ばかり描いていたのに、ある時から全く描けなくなってそれから頭の中には誰もいなくなってしまった。まるで荒野ばかりを歩き回っていたかのよう。ああそれはその時の生活にもどこか通じるかも。。
最近そこに人がぽつぽつ現れはじめました。それはやっぱり現実に身の回りにいる方達のおかげのような気もします。もっと顔が見えるところまで近付いていこうと思います。
昔はおんなのこばかり描いてました。ある大切な友達の存在がとても影響してます。ほんの数日しか会えなかった友達。そして、もう二度と会えないひと。その数日がわたしのその後を変えてしまった程、彼女はわたしの心のどこかに常にいます。若いわたしはそのコのことばかりを自分の絵に託していたような気がします。
そんな日が続けば無理も生じるでしょう、いつしか自分が何を表現したいのかわからなくなり、そこで気付いたのは絵を描く時に自分のことを見つめたことがない現実でした。
まあ今はご覧の通り、この場でも自分のことばかりでごめんなさい!絵を描く背景を知ることができたのは、年を重ねた喜びのひとつかもしれません。
だからこそ、今、おんなのこが描きたくって。
ひとまわりして、そのコのことも自分のことも少しは俯瞰できるようになって、また昔みたいに夢遊病のように、おんなのこワールドを描いていきたいと思ってます。今、与えていただいたお仕事をきっかけに。難しそうだけど今年の目標にします!
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ああーん懐かしや、97〜8年制作の作品を初お披露目。卒制です。青いけど、このパワーがほしい!B1×10点。

「おんなのこはかわいくたのしく生きていきましょう。あしたはどうせ晴れるし。
なにより星は、あたまの上にたくさん瞬いているのですから。見えないけど。」とかなんとかいうサブタイトルが。
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by nemotyucac | 2006-01-19 18:17 | thinking | Trackback

厄よけお財布紛失の旅

佐野厄よけ大師に行ってきた。
境内で、
友人が、財布をなくしてることに気付いた。
すでにお堂の中だ。一先ず厄よけは済ましておくことにする。リズミカルなお経は15分程続いた。
終わるや否やすぐさま周辺を探すも出てこず。スリも多いと聞く。カード類を止める手続きをし、おみくじだけは引いて早急に駅前まで戻る。最後はコンビニで使用した。しかしやはりそこにもない。
諦めつつも交番に行った。すると、、届けられてるではないか!
こんな珍しいこともない。これも厄よけのおかげだ。友人のおみくじにも「失せもの出る」と書いてあった。なんと当たるおみくじだろう!
わたしたちは心から晴ればれした気持ちでそこを後にしたのだ。
さて話はここで終わらない。
次の日、こんなことがあったとわたしは別の友人に報告し、厄よけは非常に素晴らしかった!おみくじも当たった!また行きたい!などと揚々と語った。その足で買い物に行き、気分がいいのでいろいろ余計なものを買って帰宅すると。
なんと財布が紛失している!!
昨日の今日でこんな偶然ってあるだろうか。まったく見事な程の連携プレイ!
30年生きてきて初めて無くした瞬間に、つい昨日友人がカードを止める手続きをするため聞いた電話番号をメモしたノート がわたしの鞄からちらりと見えた。
これを次の日に必要とする運のよさはいらないよー!!!
そのあとはもう大変だった。0時にもなろうとしてるのに22:30クローズのお店の中に入らせてもらったり周辺や帰路を探したり警察に行ったりしたが、結局見つからなかった。
そういやあ、わたしのおみくじは「失せもの出ず」だったなあと思いつつ、厄よけはわたしには厳しい現実を嘆く。まったくなぜ?落としたのも忘れたのもその瞬間の記憶はないものなのだ。昨日の友人もそうだった。
買ったばかりの気に入った財布だったりお金をおろしたばかりだったりしたが、それよりもカードやら免許証の手続きが面倒である。お金に換えられるものは意外とあっさり諦めが付くものなのだなあと、30にして知った。教訓:欲望はほんと余計なものだ。

そんなんで拾った方、あんなお守りが入ってるような奇妙なお財布は縁起わるいです。ぜひ交番に届けてあげてください!厄が付いてるかもしれません!!まじで!
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by nemotyucac | 2006-01-17 21:28 | thinking | Trackback
おすすめというか
こういうものを必要としている というようなことを書いてみる。
音楽について。
ここでひとりで絵を描くようになって(ここは仕事場)、音楽は必要じゃなくなった。
描いてるとあまりに集中し過ぎて音楽がなくても困らない。それでもこれは必要だと思う音がある。
さて若い時は困ることもたくさんあった。通勤や通学、それから勉強時。音楽がなくては勉強できないね!てかFMの録音に命かけてるね!(気に入った曲がかかるとカセットに録音し終わったら即消す!てのをえんえんとやっていた。テスト前、、カセット、)という頃もあった。もうあまりにも若い時。
それがだんだん何を聴いても飽きてしまうようになり、音楽から遠ざかった時期もあった。それからジャズとかボサノバとか聴いてればいいやという投げやり期もあった。素晴らしいと思うし好きなんだけど、なんだかしっくりこない。これはなんなのかと考えるとそれは、インスピレーションを受けるかどうかということだったのかな。そんなたいそうなことでもないか。なんにしろ絵を邪魔せずもっと手が自然に動くような音を探していた。
ある日ひとりの演奏家の音を聴いた。はっとして、放っておけない響きがあった。それが舘野泉さんの演奏だ。懐郷の念を揺さぶる色が、それでいて温柔な色が、音にふくまれてるように感じた。それからというものピアノの旋律に合わせて筆は滑らかに弾かれていった。
そこから自然に現代音楽が耳に心地よくなった。友人の聴くそれらを受け入れられない時もあったのだが、ある日突然心から楽しめるようになった。それは絵を邪魔せずインスピレーションをくれる、不思議な音。主張し過ぎて印象に残り過ぎる音は、わたしには跡に何も残してくれなかった。もちろん流行歌などにも素晴らしいものがあって涙をながすこともあるが。
民族音楽が素晴らしいのは、宗教感があるからなのかとも思う。「人間」の音だ。これは余り詳しくないがモンゴルのホ−ミーは別格に好きだ。仏教国の音は好きのようだ。
お経を聴くのも心地よい。日本のお経が好き。あ、自分で唱えたりはよくないって美輪さんが言っていたから、これはお寺で偶然遭遇する音として好き。遠くの見えない所から聴こえてくるそれらが、木の葉が風で揺れるさわさわ音に重なった時の至福といったら!
静かな夜に前の通りを車がさーさーと流れる音、これらに耳を傾けるのもいい。夜を感じる。夜を感じることも、必要なこと。
音については若い頃から比べると随分好みが変わった。やっとしっくりいっている。
しっくりいったのは30才にもなろうかという頃。この年でやっとおすすめが言えるようになった。
明日は前厄祓いに行くというのに。



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by nemotyucac | 2006-01-14 01:31 | thinking | Trackback