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お店のこと。

昨日ニュースで、横浜寿町の300円定食の店を知った。さなぎの店という名だったかな。
アイデアで、誰もが損せず、食事を提供してる。そのやり方がいいなあと思えたし、何より店員さんが、「ここで見守ってるのよ。会話をしてね、家族みたいな存在でいるの」というよなことをおっしゃってて、泣けた。
食事に来てる人がみんな「感謝してるよ」とか「ここで命を救われてるようなもんだから」と話してて、素晴らしいなあと思えた。
そうだった。飲食店で何が好きだったかといえば、あたたかい場や会話をも、一緒に提供できることだった。カレー屋で、おかしいなと思ったのはそういう場であるべき所で怒号が飛び交うのが理解できなかったからだった。味はいいし雰囲気はあるし本来なら人間味溢れる場なのに、おしい!と思っていた。
そしてもう一方の飲食店が、味は劣るかもしれないけど、お客さんに愛される、お客さんを楽しませられる場だったことを、わたしは尊び愛していた。
60代70代の、世の中を知り尽くした人達が毎日いらっしゃって話をしていくのが好きだった。店員が笑顔で力強く挨拶や御礼や気配りを、自然にしてるところが好きだった。そして店員どうしの気遣いが好きだった。
身体を壊して辞めてからお店に行くと、皆が心配を口に出して言ってくれた。当たり前のことだけど、本当はできそうでできないことだと思う。好奇心や自分よがりな非難がないのはすごいことだ。
たまたま昨日はよしもとばななの「虹」を今ごろ読み、終えたところだった。
飲食店で働く主人公が、オフ中にレストランの接客に触れて、自分は接客業を欲してると悟る場面があった。
わたしも長い接客業で、これは自分には適職で、プロであることを自覚できた。どんなひどいクレームも忙しさも対応できたし、楽しささえ感じていた。
身体を動かすことの単純な疲労も心地よかった。
それらを知ったのは、大切なことだった。
そして水を得た魚でいられる場からわざわざ離れ、静かな身動きのしにくい場所でじっと耳を澄ます時期を、恐れず迎えられたのは、
精神が自由で懸命で、尊べた時期があったからこそだ と思う。

お店のこと。_e0086807_1174616.jpg

お茶目で、かっこよい、ハゲヒゲ(小学生曰く!)、元上司!と元職場のコック服!いえーい
by nemotyucac | 2007-03-01 01:22 | thinking

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