まわり道の少女

少女は19歳でわたしより4つ年上だった。もう社会人でずいぶん大人に見えた。
「会社の冷房がきつすぎてさー。いつも毛布かけてカーディガン着まくってパソコン打ってたよ。それで胃潰瘍になっちゃってさ。」その後の経緯はわからないけど体を壊して診察した際に病気が発見されたらしい。
奥の部屋には22歳の女性もいた。よく、陽の当たるこちらの部屋にも来てくれて、椅子に腰掛け3人でお話した。その場面を思い出すと、水色の、シャボン玉が飛んでるような澄んだ空気色に染まっている。その中でにこにこ笑う彼女達の笑顔が、ふわふわと浮ぶ。
ナイトキャップのパステルカラーや、夏なのに透き通った肌の色で、彼女達の印象は淡い。なのに忘れない強さがある。たぶん笑顔ばかりが思い浮かぶからだと思う。
背景である窓の外には、いつの頃からか蜻蛉の群が混ざっている。

若いドクターが沢山いて、その中で25歳なのに「いい」を「よい」と発する先生がいた。「いいよー」はもちろん「よいよー」だ。そんなの聞いたことない。これには、さらに若い、しかも十代のうちらが反応しないわけがなかった。
とくに隣の19歳のMちゃんはふざけて「よいよいよい、おっとっとー!」と盆踊りみたいに手を振りおどけて先生をからかっていた。とにかくその「よい」先生とは仲良しで聞けば前の入院時から担当だったという。
Mちゃんはもう何度も入退院を繰り返していた。
わたしはまだたった数日の付き合いである彼らの、知らないその長い過去とそこで培われた親密さに少し焼きもちをやいたりした。なんて、なんて無知なのだろう。毎日彼らのおもしろ可笑しいやりとりをうっとりと、羨ましげに見ていたのだった。
Mちゃんが、ある大きな治療を控えた前日だった。その治療は大変痛みを伴う辛いものとのことだった。「もーほんと痛いんだよー!!」と明るくわたしに語ってくれた。その夜。
消灯した部屋にこつこつと靴音が響き、隣でカーテンの薄く開くシャッという音がした。
「Mちゃん?」声をかけたのは「よい」先生だった。
わたしはその日なぜか眠れず横になって目を開けていた。ぱちんと隣のベットサイドランプが付いた時、カーテン越しに彼らの姿がばっちり透けて見えてしまって、かなり驚いた(透けすぎることに)。こ、こんな時間に。しかも若い男女がこっそり!15歳のわたしはちょっと、いや、かなりどきどきしてしまった。
「明日、検査だね。頑張れるかな。」そんなような事を言いにわざわざ来てくれたようすだった。Mちゃんはくすくすと笑顔で「大丈夫ですよー」と気丈に答えた。先生の表情までばっちり透けて見えてしまったから、わたしはたまらなかった。先生は、少し寂しそうな辛そうな笑顔でMちゃんの頭をぐしゃぐしゃっと撫でた。頭に手を置いたまま、二人はしばらく無言で目を合わせていた。そして「頑張ろうね」と声をかけ、先生は灯りを消し、カーテンを閉めた。

暗くなった部屋で。すごいもの見た…というのが最初の感想。そして、本当に、本当になんて世界は知らないことばかりだと、わたしは見たことも感じたこともないそのシーンを目を閉じ反芻していた。どきどきはまだ止まらない。ただ、はじめての担当であろう患者さんの心配をするドクターの自然な行為(恋心もあったかもしれない)。病院の、夜の一室で、そのシーンは匂いたつような美しさ、だった。今でも思い出すとどきどきする、金色の、光の中に浮ぶ風景。
結局3週間ばかりでわたしは退院した。きっと誰よりも早く誰よりも、元気だったのだろう。担当のドクターや看護婦さんや、少女達と撮った写真が沢山ある。まるで修学旅行のように、何枚も写真に収めて。その時のわたしには本当に旅行だったんだと思う。なんにも知らない、どこに着くかわからない旅。そしてまだ旅から抜けだせないなんて、、その時は全く思いもしなかった!(うーん、、)
少女達の笑顔はずっとずっと、あれから今まで胸の中でぽおと光りじんわり温かく、じんわり、苦しい。ずっと、なんだか少しだけ、わたしは胸が痛い。痛みはきっと一生おさまらない。
でも優しい、水色の空気にしまわれた思い出はやっぱりとても愛おしい。あんなに優しい人達に会ったことがない。患者さんも、そのご家族も、配膳のおばちゃんも、スタッフも、優しすぎて泣けてくる。
全て、ひかりに包まれてるような淡さだ。少女達は若く綺麗で、ひかりに透けてしまいそうだ。その映像を、
わたしは描きたい。ずっと、そう思っていた。
おこがましいかな。でも、仕方ないし、そうしたい。
わたしの永遠のテーマなんだと思う。
最近、やっと、すこしだけ、楽に描けるようになった気がする。
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by nemotyucac | 2006-09-09 02:02 | travel and stroll | Trackback

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